#032 簿記の素敵さについて個人事業主の素人が少しだけ語る


30年以上も会社勤めをしてきましたが一貫して営業部門であったため、自ら帳簿付けをした経験は一度もありませんでした。

取引先財務状況の確認、事業投資先の経営判断などの為に、多くの決算書類(損益計算書、貸借対照表等)に触れる機会がありましたが、それは簿記の結果としての「完成品」に接してきただけであり、自らがその作成過程に入り込んだことはなかったのです。

しかし早期退職後に青色申告者の立場で個人コンサルティングビジネスを始めた頃に、簿記を基礎から学び直し、その証として日商簿記検定3級を受験してみようという気持ちになったことがありました。

きっかけは開業時に購入した会計ソフトの箱に書いてあった「マニュアル通りに入力すれば誰にでも簡単に決算書類が作れる」的なフレーズです。

そこに他意はないのでしょうが、「簿記を知らなくても、情報だけ入力すればあとはこっちでやってやる」との挑戦を受けたように感じたのです。

結果として比較的短期間の準備で日商簿記3級に合格できましたが、その喜びは試験合格よりも、「複式簿記の世界」を遅まきながらよく理解できたところにありました。

告白します。

複式簿記という言葉自体は以前から知っていましたが、具体的にそのメカニズムを理解していませんでした。

時系列的な簿記活動の集大成は期間利益を示す損益計算書だけだと思っていました。

資産、負債、純資産の状況を示す貸借対照表は、日々の仕訳とは実質無関係に、在庫、銀行預金残高、未収金、未払金等々の項目を独立した作業として期末時に「棚卸し」をすることによって作成するものと思っていたのです。

これまで数えきれないほどの決算書類に目を通してきたにもかかわらず、貸借対照表も日々の記帳の延長上で完成させていくことに思いを寄せなかったことを恥じました。

基礎的な商業簿記だけが対象である3級合格者ごときの感想ではありますが、簿記の世界は小宇宙のような空間でした。

簿記の実務は一つ一つの実現した取引をその「原因」と「結果」に分けて仕訳するところから始まります。

そしてその原因と結果に勘定科目という名のラベルをそれぞれ貼って行き、刹那的に現れては消える運命にある動作性の高い「費用」「収益」関連と、取りあえずは継続する生命を与えられた状態性の高い「資産」「負債」「純資産」関連に分類していきます。

その仕訳の作業を繰り返していくと、(決算時に必要な調整はありますが、)実に自然に期間損益のみならず、決算日時点での財産一覧表までもができあがるという魔法のような仕組みなのです。

おかげさまで事務所の帳簿付けにおいても、取引の因果関係の中で、ひとつひとつの経理処理に取引金額を軸としてての「原因」と「結果」を考える習慣がつきました。

個人事業主としての私のお気に入りの勘定科目は、事業用とプライベート用財布間のお金の移動を明確に整理する「事業主貸」と「事業主借」です。

この勘定科目をもってすれば、現金商売ではない個人事業主として不必要に事業専用の現金勘定を設定することなく、且つ、事業とプライベートの公私混同に悩まされることもなく、経理処理をしていくことができます。

具体的には、事務所関連の用事で個人所有の交通系ICカードを利用しても、「借方:旅費交通費(費用)」「貸方:事業主借(負債)」と処理すればそれで済みます。

また、小規模企業共済掛金の支払いの場合には、「借方:事業主貸(資産)」「貸方:普通預金(資産)」とすれば、個人事業用に使用している銀行口座からの引き落としであっても、事業所得への経費算入にはできない支出との分離が簡単に可能となります。

そして年末に累積した事業主貸(資産)と事業主借(負債)の累計額を、総額が少ない方の金額にあわせて相殺して、余った方の金額を翌期に繰り越すか、一方が極大化する傾向にあれば、年末に元入れ金との調整をすれば決算も完了していきます。

2022年4月から新しい指導要綱に基づいた高校家庭科での金融教育が始まりました。

今後は金融リテラシーに必要な基本概念の1つとして、「複式簿記」の仕組みと考え方の基礎についても取り入れるべきと考えます。

追記:

自宅からさほど遠くないところにある、とある商業高校が簿記3級試験の受験会場でした。

正面には昔ながらの黒板がある教室での小さな生徒用机の椅子に着席したのは何十年ぶりだったでしょうか。

3級ということもあり、受験生の年齢層は比較的若いようでした。

届いた受験票には「電卓またはそろばんが持ち込み可」とありました。

おかっぱセーラー服か詰襟学生服姿の商業高校生が、鞄から取り出したそろばんを豪快に弾いて受験する姿を見たかったのですが、残念ながら私の教室は全員電卓持参者でした。

電卓を使わないそろばん持参の受験生が今も本当に存在するのか、実は気になっています。

2023年08月10日