#030 雇用保険の公共職業訓練所での日々

 

失業保険とも呼ばれる雇用保険の基本手当を受けとるにはハローワークに出向き「求職の申し込み」をする必要があります。

基本手当の正式名称は「求職者給付」であり、それを受給できるのは「失業の状態にある人」だけです。

失業者とは以下の3条件に該当する人と明確に定義づけられています。

1.積極的に就職する意思があること

2.いつでも就職できる能力(健康状態、環境など)があること

3.積極的に仕事を探しているにもかかわらず現在職業に就いていないこと

すべての条件を満たしていることを証明するためには「客観的に確認することができる仕事探しの実績」が必要となり、これは「求職活動実績」と呼ばれています。

求職活動実績を4週間毎の「認定日」ごとに最低2回作ることができないと、その期間中の基本手当は支給されません。

また2回以上の求職活動実績を作ることができたとしても、「呼出日」とも言われるハローワーク指定の認定日に来所しない場合も支給されません。

求職活動として認められる実績にも詳細な例示があり、求人情報の閲覧、知人への紹介依頼等は該当しません。

具体的に認められる活動の基本は「求人への応募」であり、それ以外ではハローワークでの「職業相談」などに限定されます。

このように雇用保険の基本手当を受給する要件は厳しいものですが、受給期間中の求職活動も認定日への出頭も事実上免除される例外として「公共職業訓練」の受講があります。

訓練期間は一般的に3ヵ月間で民間の専門学校等に委託されるケースが多いようです。

受講期間中は通常の基本手当に加えて、訓練所への交通費としての「通所手当」と昼食代相当の「受講手当」も支給される手厚い待遇です。

教科書代の一部自己負担を除き、入学金・受講料も無料となります。

公共職業訓練は「介護技術」「情報通信」「商業実務」など多岐の分野に渡ります。

私はワード、エクセル、パワーポイントのMOS ( Microsoft Office Specialist ) 資格取得を目標とする「パソコンビジネス科」に応募して、書類選考並びに面接を経て受講を許可されました。

「洗礼」を受けたのは、委託を受けた民間パソコンスクールでの初日オリエンテーションの時でした。

「電車遅延による遅刻も認めません。早めに家を出てください。もちろん訓練中の居眠りと私語は厳禁。欠席は就職面接日に限り認めます」と、うら若き女性主任講師は冒頭から厳しい口調で話し始めました。

毎日、午前と午後の授業の始まりと終わりに日直当番が「起立、礼」と声掛けし、講師に対して「よろしくお願いします」「ありがとうございました」と受講者全員声をそろえての挨拶を励行するようにも命じられました。

そうです。ここは「学校」ではなく、刑務「所」や収容「所」と同じ語尾を持つ「訓練所」だったのです。(そういえば、定期券代支給の名称も「通学手当」ではなく「通所手当」でした。)

私が参加した訓練所定員は20名で、女性が8割程度でした。

訓練は平日毎日、朝9時過ぎから夕方4時まで50分の昼食時間と1時間ごとに10分間与えられる休息時間を除いて行われます。

私の「所」では土足で教室に入ることは許されず、持参の上履きに履き替えます。

日直号令による挨拶と出席点呼の後は、貸与されたパソコンと机を5分ほどかけて、文字通り黙々と磨きます。(コロナ対策ということでしたが、これも「所」生活を自覚させるための儀式なのでしょう。)

それからの約10分間は、これまた黙々と個別にタイピングの練習をしてから毎日の学科講義・実技演習に入る流れです。

この段階で気分は既に始業前の富岡製紙工場の女工さんのようにキリリと引き締まりますから不思議です。

私は3ヶ月間の特訓を経てMOS資格を無事に取得し、基本なに不自由なくオフィスソフトを操れるようになりました。

考えてみれば分かることですが、訓練の委託を受けた学校側にとっての「お客」は訓練生ではなく委託者のハローワークです。

与信問題もなく安定集客を見込める認定訓練所としての立場を保持する為には、預かった訓練生の出席率、資格取得率、訓練終了後の再就職率等が重要な指標となるのでしょう。

訓練最終日には修了式が厳かに執り行われて、主任講師からの祝辞、訓練生代表の答辞の後に修了証書が1人ずつ手交されます。

私も無事に「出所」できました。

帰りに寄った立ち飲み屋での1本の煙草と1杯の焼酎はまさにシャバの味でした。

コロナ禍のある冬の思い出です。

追記:

3か月間も同じ「所」にいると、訓練生間でもそれなりの仲間意識が育まれてきます。

「午後は就職面接が入りましたので今日はお先に失礼します」と早退する訓練生に「頑張って」と他訓練生が声をかけて見送ります。

それはまるで戦地に赴くために今離陸せんとする飛行兵を、滑走路に整列した他の隊員が両手を大きく振って送り出す前線基地のようでした。

2023年07月02日